撮影◎和田直樹
82歳の時につくったゲームアプリ「hinadan」が米マイクロソフトや米アップルの目にとまり、一躍「時の人」になった若宮正子さん。今や国際的な大きな会議に招かれたり、政府の「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーに選ばれたり。新著『独学のススメ』にも、新しい世界に飛び込むことを楽しむ姿勢が存分に表れています。AIスピーカーやスマホも自己流で使いこなす彼女の、「創造力」の源とはーー

パソコンのおかげで私は翼をもらった

最近〝にわか有名人〟になった若宮です(笑)。現在、84歳です。生まれたのは1935年ですから、子供時代は戦争の真っただ中。その後、世の中は落ち着き、高校卒業後に銀行員になって、定年までお勤めしました。

私がパソコンを始めたのは定年間近の58歳の時。世の中にパソコンというものがポツポツと出始めた時期で、40万円くらいしましたが、思い切って購入したんです。

定年後には90代の母を自宅で介護をすることが決まっていましたから、なるべく自宅にいなければならない。でもパソコンがあれば、家の中にいても世界の人とつながることができる――と聞いて、俄然、興味を持ちました。

探すとネット上に老人クラブがあって、すぐに入会しました。この老人クラブのウェルカムメッセージが「人生は60を過ぎるとますます面白くなる」。これを見て、とてもポジティブな気持ちになったことを思い出します。

介護が必要なおばあちゃんの横にいても、家という狭い空間から広い世界へと連れて行ってもらえる。パソコンのおかげで私は翼をもらったみたいな気がしたものです。

わたしが82歳で「にわか有名人」になるまでの物語についてお話ししましょう。スマホが普及し始めた頃のこと。「お年寄りにはスマホは使いにくい。ガラケーのほうが使いやすい」といったような感想がほうぼうで聞かれました。

だからといって高齢者がスマホを遠ざけているのではもったいない。そこで私は、若い人たちに「誰か年寄りに面白いゲームをつくってよ」とお願いしてみたんです。お年寄り向けのゲームがあれば、スマホを手に取る人も増えるのではないかと考えたからです。

ところが、「僕たちはお年寄りがどんなことが面白いのかわかりません。若宮さん、ご自分でつくってみたらどうですか」と言われてしまって……。それで冒頭ご紹介したようにゲームアプリを自分でつくるハメになっちゃったんです。独学でプログラミングを勉強したのは80歳を過ぎてからでした。