夏川 そうですね。よく効くワクチンなので、広がれば世の中は変わっていくでしょう。未知のワクチンへの不安もあるでしょうし、判断にあたってはいろいろな側面があります。また、私は分子生物学に詳しくないので、「ぜひワクチンを」という発信の仕方が正しいのかどうかも、実はよくわからない。

ただ、これだけ人が亡くなっているなかで、唯一の解決策かもしれないと期待は大きいです。ところで坂本さんは、東京オリンピックについてはどう考えていますか。

 

オリンピックがもたらすリスク

坂本 オリンピックにはリスクはあると思います。1つは、国内ではまだ少ない変異ウイルスが流入しかねないこと。数万単位の人が入ってきたときに、一人一人の行動をコントロールできるのか。もうひとつは国内に人の動きが生まれてしまうこと。人が集まる場所、機会、人数が増えれば、伝播のリスクも増えます。もちろんリスクを最小限にする努力はされるでしょうが、動き回る人が多いほどリスクは大きくなる。

中止できないとするなら、ワクチン接種がある程度行き渡る秋頃まで延期し、無観客か、観客をワクチン完了者に限定するのが望ましいと思います。

夏川 ええ。私も正直、オリンピックはやめてほしいと思っています。世界中でこれだけ感染者が出ていて、南アジアのほうでは今後も広がっていく局面で、日本はワクチンを手にしたからといってお祭りをやっていいのか、という道義的な問題もある。

感染が広がっている国の人に思いを馳せ、できるだけ自分以外の人に目を向けて、みんなが心穏やかに過ごせる方向に向かうといいのですが。

坂本 私たちはワクチンを手にしたことで、1年前よりもずっと明るい希望を持って生活できるようになりました。医療体制が維持できれば、感染者をゼロにできなくても、なんとか社会経済活動をしながら生活することが可能になる。正しい情報を得て、出口に向かう切符であるワクチンを前向きに検討してもらいたいです。

夏川 私の体験から言えば、医療現場の空気を悪くするのも、病気を悪化させるのも「怒り」や「不安」といった負の感情です。たとえば持病で亡くなりそうな患者さんがいたときのご家族の反応。コロナ禍で面会できず「死に目に会えないなんて」と怒鳴る人もいますが、「今は会うのは諦めます。よろしくお願いします」と言ってくださる人もいます。

どちらのお気持ちも痛いほどわかりますが、後者のほうが医療従事者もがんばる力が湧いてくるものです。力を合わせればコロナ禍は必ず乗り越えられる。怒らず、慌てず、投げ出さず、みんなでもうしばらく闘っていけたらと思います。

*この対談は5月29日に収録しました