「お元気ですね」の一言が最良の薬
そうこうしているうちに姑は煙草を吸わなくなった。「欲しくなくなった」らしい。体調もよく、気づけば笑顔が増え、嫌っていた風呂も施設で入るように。家族にその日の出来事を話すときには、ゆう君の名前がたびたび出た。「胸キュン」は姑を若く明るくしていた。
しかし自己中心的な性格はそうそう変わるものではない。姑は、舅の法事よりもデイサービスを優先するよう私に命じたのだ。そして私が法事の日程をずらしたことを伝えると、初めて「ありがとう」と言った。まさか感謝の言葉を聞けるとは。
嫁にきてからというもの、ワガママ放題の姑しか見てこなかった私は、ゆう君の底力に感動すら覚えた。姑の「胸キュン」は周囲にも心地好い風を吹かせたのだ。
90歳になってからも姑の頭は冴えていた。医者やケアマネジャーの質問には身振り手振りを交えハキハキと返答。不思議なのは、この手の質問になると姑はなぜか急に足踏みをしてみせたり、拳を突き上げたりと「元気アピール」をするのだ。
さらに「新聞は隅から隅まで全部読みます」「月に3冊の本を読みます」「料理は自分で作ります」などとやりもしないことを言う。そのたびに私はあきれて言葉も出ないのだが、作り話が淀みなく次から次へと出てくるのは頭の回転がいい証拠。
医者の言う「お元気ですね」の一言が最良の薬、ケアマネジャーの「お若いですね」が何よりも自慢なのだ。
外出を嫌ってきたせいか日焼けもシミも少なく、髪は染めずに綺麗なシルバーヘア。90歳の自分の姿に自信を持つ姑は最強に見えた。好物は寿司とうなぎとプリンで、もっと好きなのは甘辛い味つけで柔らかく煮た「アワビの姿煮」だ。総入れ歯で力いっぱい噛み切る姿はパワーがみなぎっていた。
好きな物を好きな時に好きなだけ食べてきたのも元気を後押ししたに違いない。92歳という年齢を最後まで感じさせない元気な姑だった。