しがらみを捨てひとりきりの時間を
療養日記はA4用紙37枚にもなった。一時はからだの中にウイルスがいるようなざわざわした感覚があったというが、それも2、3日で消えた。からだは病に負けはしなかったが、社会的、精神的には痛めつけられたとも感じたマチコさん。狭いビジネスホテルの1室で、閉塞感に囚われながらの1週間は、確実に自分だけに向き合う時間だった。
自分にとって本当に必要なことは何? 人生の残り時間を考えて、今しかできないことは何だろう? そこで出した結論は、物理的に自宅を離れてひとり暮らしの時間を持つこと。療養から解放されると、関西の友人に住まい探しを依頼し、行動に移したのだ。
「以前から移住したい、生活の拠点をもう一つ持てたらという漠然とした思いはありました。今回の経験が最後の一押しになった感じです。東京から新幹線で行き来できる関西で、しがらみを捨てひとりきりの時間を過ごす。音楽の仕事やスタジオ運営があるので、行きっぱなしにはできませんが、完全な二拠点生活。あっ、夫婦仲はいいんですよ(笑)。夫がサポートしてくれるからできることでもあります」
移住生活を始めて半年。知らない町で新しく出会う人と交流し、町内をくまなく散歩し、くつろげる店を開拓、チェロの稽古も始めた。隔離生活を強いられたからこそ、遠距離移住の実現に踏み切れたというべきか。資金は年金と貯金。あらかじめ二重生活に使える額を決め、貯金が尽きたら終えるつもりだ。突拍子もないリカバリー法のようだが、マチコさんにとっては最良の処方箋だった。