佐藤 私、ある編集者に「昔の作家はどんなふうにやめたの?」と聞いたの。そうしたら、「どうしようかと思う歳まで生きていなかったのですよ」と。(笑)
五木 樋口一葉なんて、享年24でしょう。50代まで生きる人がほとんどいなかったくらい、明治大正の作家は早く死んでいる。
佐藤 五木さんは、まだやめ時なんてお考えにならないでしょう?
五木 若い頃から考えていました(笑)。さっきの紅緑先生のお話で考えさせられたんです。ものを書く人間は、人の称賛を餌に生きている部分がありますからね。編集者の甘い言葉はビタミン剤みたいなものです。「豚もおだてりゃ木に登る」じゃないけど(笑)。一方で良薬は口に苦し、率直な批判の言葉も必要なんですけど、その兼ね合いが難しい。
やはり、作家は一人では歩けないものなんです。読者や編集者からのエールが杖になる。書けなくなるのは、そういう声が聞こえなくなった時でしょうね。そうなると、人によっては自死を選んだりもする。甘ったれてるようだけど。まぁ、だいたい甘ったれた人間が作家になるんでね。(笑)
佐藤 かつて友人の川上宗薫さんが、「講談社の誰に褒められた」って喜んでいたから、「あなたね、編集者が褒めるのを真に受けたらダメよ」って言ったんですよ。そうしたら川上さん、編集者に「佐藤愛子からそう言われたから、オレには構わず本当のことを言ってくれ」と言ったんですって。(笑)