今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『全員悪人』(村井理子著/CCCメディアハウス)。評者は詩人の川口晴美さんです。

理解し合えなくても寄り添うことはできるかも

目覚めると隣に寝ているのは見覚えのない老人。知らない女が家に上がり込んできて我が物顔に振る舞う。味方だったはずの「あなた」は「長瀬さん」と結託して私の生活を侵害してくる。……ホラー小説のようにおそろしい。

だが読んでいくと、これは認知症となった「私」の感じる日常なのだとわかってくる。隣にいるのは夫であり、毎日やって来て家事をするのはヘルパーさんで、「長瀬さん」はケアマネさんなのだ。翻訳家でエッセイストの作者が、八十代の義母に対峙した経験から生まれた小説。「あなた」は、義母から見た作者の姿なのである。

今まさに認知症が進行しつつある実母を持つ筆者には、どのエピソードもわかりすぎて辛いほどだった。

自負心が強く、認知症であることを受け入れられない当事者は、出来事を自分なりにつじつまが合うように解釈することで自分を支えているから、それは違うよと言ってくる人間はすべて敵になる。何とかサポートしたくて行動すればするほど、当事者にとっては悪人に見えてしまう。もちろん、認知の危うい高齢者に付け入ろうとする本物の悪人も跋扈するから厄介だ。

こちらからは理解し難い不自然な言動であっても、老いゆく不安と苛立ちと孤独の中から見る世界では必然なのだと、当事者からの眼差しで描かれた物語が伝えてくれる。理解し合えなくても寄り添うことはできるかもしれないと、励まされる読後感があった。