そんなわたしを見ていたポリスの女性が言った。
「大丈夫、心配しないで。もうパンデミックの終わりは始まっています」
彼女はわたしの目を見て続けた。
「あなたに声をかけたのは、人通りのない場所に女性が一人で座っているのはよくないと思ったからです。何かあってからでは遅いから」
あ、と思った。ロンドンで公園を突っ切って帰宅中の女性が殺害され、大きく報道されていたからだ。これを受けて女性に対する暴力反対の運動が立ち上がり、いい加減に女性が安全に外出できる社会にしましょうという声が広がっている。逮捕された男性が現職のポリスだったのでスキャンダルになっているが、彼女のような女性もまたポリスなのだ。
「ありがとうございます」
思わずわたしは礼を言った。一緒にパトロールしていたらしい男性のポリスが遅れて近づいてきたので、
「気をつけて」
と言い残し、彼女は同僚と肩を並べて歩き去っていった。
わたしもベンチから立ち上がり、少し遅れて彼らの後ろを歩き始めた。ほんとうに、いろんなことの終わりが始まっているといいと思いながら。
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