今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『生命海流GALAPAGOS』(福岡伸一著/朝日出版社)。評者は渡邊十絲子さんです。

その場所までの行動も「背景」ではなく「主役」

スマートフォン以前の携帯電話をガラケー(ガラパゴス化したケータイ)と称する。ガラパゴス化とは、ある技術なりトレンドなりの独自な発達が孤立し、袋小路状態にあるという意味だ。

しかし著者によれば、ガラパゴス諸島の生き物は、生命進化の〈袋小路どころか、最先端〉にある。この本は、現在のガラパゴスをこの目で見てやろうと出かけた航海記。念のため記しておけば、福岡伸一は分子生物学者で、昆虫好きで、フェルメール愛好者で、『生物と無生物のあいだ』を書いた名文家でもある。

観光ツアーに参加するのならば、お金はかかるが難しいことではない。しかし著者は、船をチャーターして、進化論のダーウィンがガラパゴス諸島をめぐった旅を追体験したいと強く願っていた。

いちど、テレビの企画でガラパゴス行きが実現しかけたが、「若くて何も知らない(ように見える)女性をオジサンが教え導く」という番組の図式に納得できず、出演をやめる。手が届きかけた一生の夢を手放したのだ。この逡巡と自問自答を多くの人に見てほしい。生物学者の紀行文なのにジェンダーギャップ問題から始まるこの本は、マニアックな世界に閉じこもらず、「いま(時代)、ここ(人間社会と地球環境)」をまるごと引き受けている。

後にこのすばらしい紀行が実現したわけだから、一生の夢はそう簡単に消滅するものではないのだろう。旅をつづる文章は、よろこびを内に秘めて充実している。動物について語るのと同じ比重で、旅を支えたスタッフが描写されているし、動物と出会った場所にたどりつくまでの行動も、「背景」ではなく主役あつかいである。

心地よく読んでいくうちに、自分もまた「いま、ここ」のよき一員でありたいと思える。