少女時代の記憶

「私は食いしん坊だから、和菓子屋さんが見本を持って御用聞きに来ていたことを思い出します。毎日ではなかったけれど、1日置きか、3日に一度だったか。午前中に黒塗の二、三段のお重を持って、見本のなかから選ぶと、午後届けに来る。他にも、お魚屋さん、お肉屋さん、みんな来たんですよ。各家庭に電話というのがなかった時代ね。電話が普及したのは私の女学校時代です。それでも電話のある家は少なかったわね」

49年前、富士山麓のアトリエで制作を始めたころの篠田さん。昭和49年11月撮影(写真:中央公論新社)

そして、よく山や川、田んぼに出かけて遊んでいたと述懐します。

「あの頃は自然というものと、本当に付き合っていたなあと思いますね。夕方には蛍狩に出かけた。もう昔の昔、太平洋戦争の前のこと。でも、つい思い出すと、ありありと風景が浮かぶ。昨日のことのように思い出しますよ」

少女時代は街灯などなかった。日が暮れると、あたりはすぐに暗くなるので、子どもたちは日が暮れる前に自宅に帰っていました。

「懐中電灯というものもなかった。日が暮れたら、提灯をぶら下げて出かけたものよ。提灯のなかはろうそく。風情はいいですけどね。提灯にはその家の紋が付いている。自分の家紋の提灯を提げて、よその家を訪問する、そういう時代でした。

それと、冬は炭でしたよ。日本の家屋は障子ですから、すかすかしている。でもよくできていて、炭火というのは一酸化炭素が出る。締め切ったら毒。だから日本の家屋はすかすかしているのね。石油ストーブができたのはずっと後。お風呂だって、薪や石炭だった。薪と石炭とではお湯が違う。薪のお湯は柔らかいの。不思議ね。そのなかにみかん、きんかんなどの柑橘類の皮を干したものを入れると、匂いもいいし、体も温まるのよ」