「父親の重圧から解放されて立ち直ったSさん」の例

【子ども】
男性Sさん:40代前半。ひきこもり、複数回にわたって自殺未遂を起こす

【両親】
父親:70代後半。母親:70代前半

※子どもと親の年齢は、「家族療法」開始時点のものです。

* * *

Sさんは、二人姉弟の長男で、父親はある地方都市で自ら創業した会社を経営していました。父親は会社だけでなく、家庭の中でも絶対的な存在で、Sさんの母親も夫には絶対に逆らいません。

父親がSさんに望んだのは、他人様に自慢できる立派な大学を出て、自分の跡を継がせること。幼い頃から帝王学を学ばされたSさんは、父親に反論したり、自分の意見を言ったりすることなど想像もできませんでした。

大学はなんとか自分の志望する東京の学校に進んだSさん。そして、大学4年になり、本当は就きたい仕事があったものの、それを父親に切り出すことができないまま、父親の経営する会社に入社します。

Sさんは、入社してからの1年はなんとか仕事をこなしていました。ですが、同僚や取引先など、周囲の人々とのコミュニケーションがうまくいかず、入社2年目には会社を休みがちになり、自室にひきこもるようになりました。

 

「お前にいくらかけたと思っているんだ!」

そんなSさんに、父親は、「お前にいくら金をかけたと思っているんだ!」「**家の跡取りがそんなだらしないことでどうする!」と激しい言葉を浴びせます。母親も、見て見ぬふりをして、救いの手を差し伸べようとはしませんでした。

追い詰められたSさんは自殺未遂を図ります。幸い命に別状はなく、一度はすすめられて精神科を受診しましたが、担当医からは「あなたは病気ではないから」とあまり有用なアドバイスも得られなかったために、長続きしません。それを何度か繰り返すうちに、Sさんは40歳を過ぎていました。

そんな状況に我慢できなくなったのか、このときすでに80歳近くなっていた父親はある日、Sさんにこんな厳しい言葉をぶつけました。

「もう、お前なんか必要ない!」

この言葉に打ちのめされたSさんは再び自殺を図りました。今回もなんとか一命をとりとめましたがSさんの度重なる自殺未遂は一家に大きな衝撃を与え、ついに母親の目を覚まさせました。

「ひきこもりのまま、後の半生を過ごさせるのはあまりにも不憫だ」

そう考えた母親は、家族全員でSさんの治療に臨むことを決意したのです。