父親の一言が転機に

母親と姉が家族療法を学び始めてから1年後、Sさん自身に大きな変化が表れていました。両親が自分のことを理解しようと努力しているのがわかったことで、少しずつですが、両親に対して口を開くことが増えていったのです。

少しずつ心を開いていったSさん(写真提供:写真AC)

両親も、子どもが少しずつ心を自分たちに開いてくれていることが実感できるのでうれしくなり、さらにSさんの話に耳を傾けるようになりました。そして、Sさん自身にもなんとかしたいという前向きな気持ちが育まれ、自ら希望してカウンセリングに通うようになりました。

転機となったのは、父親がSさんにかけたこんな言葉でした。

「会社は姉さんに継がせる。もうお前は好きにしていい」

その言葉で、Sさんは長年の胸のつかえが取れたそうです。それからはまるで別の家族のように互いに満たされた時間が経過していきました。

しかし数年後、父親は認知症を発症していることがわかり、自宅で療養することになりました。このときなんとSさんは、父親の身の回りの世話を買って出ます。食事の世話や入浴、そしてオムツの交換までしたそうです。

ある日、お風呂でSさんが父親の背中を洗っているとき、父親が涙を流して感謝している姿を見て、Sさんは「親父がしたことのすべてを許そう」と心の底から思えたのだそうです。

数年後、父親は亡くなりました。そのとき、Sさんはこう言いました。

「僕も親不孝をしたけど、親父がわかってくれて、最後に親父の面倒を見ることができて、本当によかったと思います」

父親が亡くなった後、Sさんは家業である会社の仕事を少しずつ手伝うようになりました。その後、母親も80歳を過ぎて認知症になってしまったものの、Sさんは家で仕事をする傍ら、母親の面倒を見ながら二人で仲よく暮らしています。