朝日新聞の連載に見る下町と山の手の構図
1955年7月、『朝日新聞(東京版)』は、「山手と下町」と題して24回にわたる連載記事を掲載した。「お化け」「涼味」「川」「お参り」など12のテーマに沿って、「山手」「下町」それぞれの風俗を交互に紹介していくというものである。
たとえば「お化け」では、山の手を舞台とした四谷怪談ゆかりのお岩霊堂に参拝する女性たちと、下町色の強い台東区谷中のお化け屋敷を、「川」では山の手の谷間を流れる千川と、屋形船が復活した隅田川を取り上げる。山の手と下町の風土・文化の違いを紹介する、教養色の強い記事である。しかしときおり、山の手と下町の格差が姿をみせる。
たとえば「朝の散歩」というテーマ。
山の手で取り上げられるのは、毛並みのよい純粋種の犬を連れての散歩である。専門家は、戦前は純粋種を愛好したのは金持ち階級だけだったが、戦後の山の手では「どうせ飼うならよい犬を」と純粋犬が求められるようになった、と解説する。これに対して下町の方で紹介されるのは、煙草の吸い殻を拾い集めるホームレスで「百円あれば何とか食える。雨の日は残飯あさりさ」と語っている。
連載の終わり近くに出てくる「おしゃれ」というテーマは、実にストレートである。
山の手で紹介されるのは、中野区にある「科学美容室」。見出しには「金と忍耐の"美容科学"」とあり、美容科学にもとづくと称するボディ・マッサージやホルモン・バス、オゾン美顔などをほどこし、料金は一回1000円というもの。当時、国家公務員上級職の初任給は8700円だったから、現在の貨幣価値では2万円程度に相当するだろうか。
これに対して下町で紹介されるのは、江東区亀戸の工場で化粧瓶を作る女工たちである。見出しは、「焦熱地獄の“舞台裏”」。高熱の坩堝(るつぼ)のそばでの作業で、気温は50度を超える。「山手の奥様族が、それ美顔術だ、やれ全身美容法だ、と愛身をやつして美容院通いをしているころ、下町の片隅では、酷暑と闘い、汗とほこりにまみれながら女工員が化粧ビン造りに精出している」。
豊かな消費生活を送る山の手と、これを底辺で支える下町という見事な対比である。