この役は絶対にほかの人に渡したくない

映画『マイ・ダディ』でシングルファーザーの牧師・御堂一男を演じることを決めたのは、まさに新しい何かを求めてのことでした。初主演映画となるこの作品には、長年の役者生活で体に染みついたものや、これまで得た成功・失敗体験などを全部捨てて、役者・ムロツヨシとしてゼロから挑んだつもりです。

一男は妻を事故で亡くした後、娘のひかりを男手ひとつで育てています。父娘2人で穏やかに暮らしていたある日、娘が重い病気になり、追い打ちをかけるように一男が知らなかった事実が発覚。葛藤しながらも娘のために奔走して──というストーリーです。

台本を読んだ2時間後、プロデューサーに「僕にやらせてください」と返事をしました。一瞬だけ「父親になったことのない自分がやるべきじゃないのかも」とも考えましたが、この役は絶対にほかの人に渡したくないと思ったんです。父親でもなく、結婚したことも妻を失ったこともない僕が、この世界に生きたいと強く思った。もしかしたら自分との共通点がまったくないからこそ、魅力を感じたのかもしれません。

監督からは「ムロさんはコミカルなイメージが強いけれど、絶対にまだ見せていない顔があるはず。その表情を撮りたい」という嬉しい言葉をいただきました。

撮影は2020年の4月に始まる予定だったのですが、コロナ禍により延期に。じっくり芝居に向き合う時間が生まれたのは、唯一よかったことですね。過去の経験を手放す怖さはもちろんありますし、長年培ってきたものをすべて捨てる勇気もまだ持ちえていません。でも、試しに1回捨ててみることはできる。「また戻ってくればいいから、とりあえず1〜2回やってごらんなさいよ」と、自分に言い聞かせました。

また、中学生の娘・ひかり役のオーディションの選考に参加させていただいて。僕が推した、ひかり役を射止めた中田乃愛さんは、演技はほぼ未経験でした。オーディションには、技術的に優れていて、なおかつ丁寧に準備して臨んでいる女優さんもたくさんいたのですが、それに対して彼女はやり方すら知らない。その、もがいている姿がとても魅力的だったんです。

彼女が羽根を広げる瞬間を見届けたくて、8ヵ月の撮影延期期間に連絡を取り合いましたし、撮影が始まってからも、親子の会話をどうしたら自然にできるか試行錯誤しました。たくさんの方に、父と娘の物語を観ていただきたいです。