「愛した二人の年齢を超えた、40歳と57歳は、まちがいなく私の人生のターニング・ポイントでした。」

それから何十年か経って、私も母と同じ年になった時、不思議な出来事を経験しました。ある日、都内を運転していたら、いきなり、母の病院までの山道の光景が映像みたいに浮かんだんです。まるで時が戻って、今、実際にそこを運転しているかのような感覚でした。

その時、「あんた、しっかりしなさい! どんな時も乗り越えてきたじゃないの!」って、母の声が確かに聞こえたんです。ハッとしました。そうだ、へたってちゃいけない、頑張らなくてどうするんだって、強く背中を押された気がしたんです。

 

優作が亡くなった年齢で見た夢

思い返せば、優作が亡くなった年齢の40歳に自分がなった時にも似た経験をしていました。その朝、普段はめったに見ない夢を見たんです。海でひとりボートを漕いでいて、そこにかぶさるように大波が静止している。でも突然、波が逆流して、目の前に真っ青な大海原が広がった。私は水平線へ向かって、必死でオールをかいて進み出しました。

とても象徴的な夢だったと思います。優作が逝ってからずっと、ひたすら子育てに必死で、自分の人生が始まっていない感覚でした。でもあの夢を見た時、「自分の人生が始まった!」と思えた。「よくぞひとりで頑張ってきた」と、優作が誉めてくれた気がして、ひとりでワンワン泣きました。

まるで天から降ってきたような二つの出来事は、苦しかった精神を確実にデトックスしてくれたと思います。愛した二人の年齢を超えた、40歳と57歳は、まちがいなく私の人生のターニング・ポイントでした。

そう考えると人生って、いずれすべての帳尻が合うようにできているような気がします。いろいろなことを整理しなくてはいけない時期が、必ずやって来る。つらさとか、悲しみといった自分の感情の整理もそうです。大好きだった母の死も、いつかは乗り越えなくてはならなかった。

でも優作のことだけは……今でも難しいままですね。優作から受けた強い愛は、子ども以外にないですから。以前よりは喪失感から抜け出せた気もしますが……結局は一生、続くのでしょう。