彼女は初めての車にモーガンを選んだ
見方によっては金持ちの夫人と、その雇われ運転手にも見えるかもしれない。しかしモーガンは自分で運転する車であって、断じて運転手にハンドルをまかせるタイプの車ではない。それはシャーシに木材が使用されていることでもわかるように、乗り手を選ぶタイプのスポーツカーなのだ。
その女性が森瑤子で、横に立っているのが私である。ずいぶん古い写真だが、ありし日の森瑤子のイメージにぴったりのスナップ写真である。
彼女が車の免許をとり、自分の車を買うという話は本人から聞いていた。いったいどんな車を手に入れるのだろうと興味はあった。
しかし、モーガンとは。
英国人の夫君はイングランド北西部の生まれだと聞いていた。しかし、いわゆるカントリー・ジェントルマンの世界の住人とはちがう。モーガンはオーナーを選ぶ車で、ファッションの小道具ではない。なにしろボンネットを皮のベルトで締めくくってあるような特別の車なのである。
「きみが運転するの?」
「そうです」
「じゃあ、その辺をひと回りしてみよう」
港区のホテルの駐車場を出て、坂を降り、神谷町を右折して飯倉の交差点に出た。出たというより、なんとかたどり着いたという感じだった。坂を降りるときに何度もブレーキを踏むので、車がシャックリをするように身震いする。エンジンブレーキなど用いたこともなさそうな運転ぶりだった。
「横浜までいきます?」
「冗談じゃない」
なんとか駐車場までもどったところで、私は彼女に厳しいことをいろいろ言った。
「この車は家に飾っておいたほうがいいよ」
「そうですね」