「たろうノート」には、幼い太郎さんを観察して描いた父のスケッチがぎっしり (c)矢部太郎・吉本興業

 

もう一つ、父をテーマに描こうと思った理由があります。最初の漫画『大家さんと僕』で描いた主人公は、実際お世話になったアパートの大家さん。高齢の女性で、それまで僕が出会ったことがない上品で魅力的な方でした。明太子を買うためだけに伊勢丹に行く、そういう暮らしぶりや考え方を素敵だなと思ったし、僕の人生とはまったく違うギャップがあったから、あの物語ができたのです。

じゃあ、そのギャップの根っこは何なのか? と考えたら、僕を育て、影響を与えた父に行き着いた。僕を三輪自転車の後ろに乗せて野原でつくしを採ったり、カルタやドミノといったおもちゃなどを作ったりしていた父の境遇や行動は、大家さんとは真逆。でも父も魅力的な人なので、なにか別の種類のしあわせを描けそうな気がしたのです。

 

作った土器はバラバラになったけれど

父は子どもとの時間を大切にし、僕も父を好きだった。でも、一歩外に出て、社会の中の父を見たとき、ほかの父親と違うという点で頼りなさを感じたり、友達は持っているおもちゃをなんで僕は買ってもらえないの? と、よそのうちと比べて悲しくなることはありました。

子どもは素直な目をして、比べちゃうんですね。みんな多かれ少なかれ、自分の家がよその家とは違うと感じ取ることってあると思う。だから本書ではそういう切ない部分も描きました。

父が漕ぐ三輪自転車の後ろに乗せてもらうのは気持ちよくて好きだけど、「なんでうちは車がないの?」と疑問をぶつける。すると父は「買えないんじゃない、買わないんだ」とつぶやき、自分で買わない選択をしているんだよと説明する。「いや、買うほうを選んでよ!」と息子としては思いますよね。この漫画には、父が僕にツッコまれたり、母に怒られたりするシーンがいくつか出てきます。