義母の力も借りて――誠
障害をもっている親が子育てをすると、育児ノイローゼになってしまうケースが少なからずあると言います。
自分ひとりのときは障害を受け入れられていたのに、子どもにしてやれないことで無力感と自己嫌悪感が生じる。子どものために満足な子育てをして やれていないと思い込み、そのことに耐えられなくなり、自分を追い込んでしまうのだと思います。
子育てに真剣に取り組めば取り組むほど、親としてやれることの限界にぶち当たり、精神の安定を保てなくなるのではないでしょうか。
僕たちのような障害者が子育てを続けていく秘訣は、夫婦ふたりだけの世界のみで何とかしようとがんばりすぎないことだと思います。たとえば、子どもが何かを指さして、「あれ、なあに?」とか、「ほら、あそこ見て」と語りかけても、僕たちには見えないので答えてやることができません。それを目が見えない自分はふがいないとか、親として失格だとか、自分を 責めたり追い込んだりしてはノイローゼになります。
小学生になったこころは、学校から毎日、保護者への学級通信やさまざま な連絡事項などのプリント類を持ち帰ります。親はそれらすべてに目を通し、返信を書いて、翌朝、登校時に子どもたちに持たせてやらなくてはなりません。この、プリントを読んだり、手書きで返信したり連絡事項にチェックを入れたりする作業が、僕たちにはハードルが高いのです。
「自分たちが動けるうちは手伝ってあげたい」
と義母の佳子さんが、響が生まれてからずっと住み込みで手伝ってくれています。小学校からこころが持ち帰る学級通信やさまざまな資料にも毎日、目を通してくれるのでとても助かります。義母がいてくれるおかげで、子どもたちは毎日のびのびと育っています。
――同じ視覚障害者でも、亜矢子さんは盲導犬を同伴しているが、犬が苦手な誠さんは白杖と、スタイルはそれぞれ。また、生まれながらに見えない亜矢子さんにとっては、点字は幼い頃から自然に慣れ親しんだものだったが、中途失明の誠さんにとっては習得するまで大変な苦労があったという。電子機器の発達で、電話やメール、時計などは音声で情報を得ることができるものの、学校のプリントを読むことなど、2人にはどうしても難しいことはあるという。包丁を使っているときに子どもがまな板に手を出すなど、子育て中にヒヤリとしたことも何度かあったとか。