「母と娘は仲がいい」という幻想に苦しんで

母の価値観で覆われた家での日々は苦しかったけれど、同時に、そのことを周囲に言えないのがつらかった。世間は時に、「母と娘は仲がいいもの」という幻想を抱きます。そして、「母親を嫌いだなんて言ってはいけない」という無言の圧力もある。

母は周りの人から見れば、「教育熱心で優しいお母さん」。家の外での言葉遣いは柔らかく、常識的なところもありましたから。

そういう人に対して「嫌い」という感情を抱く自分は、非人間的なんじゃないか。そう思うと誰にも相談できず、一人で抱え込むしかなかったのです。この苦しさから逃れるには、とにかく早く家を出るしかないと感じていました。

「家の中で誰よりも強かった人が、満足に身動きもできずベッドに横たわっている。その姿を見て、初めて『愛おしい』と感じました」

数年ぶりに病室で再会した母は…

地元・山形の高校を卒業した私は、東京の大学に進学しました。そこで初めて、母とはまったく違う価値観で生きている大人たちと出会ったのです。新鮮でした。「こういう大人もいるんだな」と世界が開けて、大いに助けられました。

また、物理的に距離を置いたことで、いい関係を築けた時期もあったのです。20代の終わり頃は、一緒に温泉に行ったり、頻繁にメールをやりとりしたり。

でも、母は精神的に波がある人でしたから、いい関係を長く続けるのはやはり難しかった。年齢を重ねても彼女を理解することができず、お互いのために連絡を完全に断ち切ることにしたのです。