「作家になり、結婚してからも、私は母の影に怯え、息苦しく感じていました」
折り合いの悪い母親と、長年にわたり距離を置いていた作家の小川糸さん。がんで余命宣告を受けた母と残り短い時間をともに過ごすうちに、これまでと異なる感情が生まれて──(構成=内山靖子)

愛よりお金を信じていた

母ががんで亡くなったのは、今から4年前のことです。

作家になり結婚してからも、私は母の影に怯え、息苦しく感じていました。実際のヘソの緒は生まれたときに切れますが、それでも母が生きている間は《束縛》という形の透明なヘソの緒で繫がっているような感覚があり……。

それが今、ようやく切れたと感じます。「母のいない世界」に新たに生まれ出たような一種の解放感があり、《闘争》を続けてきた母と自分の関係も、客観的に見つめられるようになりました。

振り返ってみれば、物心ついた頃から母は恐ろしい存在でした。感情の起伏が激しく、どんなときでも自分が絶対に正しいと信じて疑わない。少しでも意見されるとたちまち怒りのスイッチが入り、一人でどんどん燃え盛るのです。そうなると、家族の誰も手がつけられないのでした。

しかも母の「正しい」は、昨日と今日とで真逆に変わってしまう。そのためいつスイッチが入るのかまったく予測できず、子ども時代はビクビクと怯えながら毎日を過ごしていたように思います。