浅川マキ(あさかわ・まき)さん(写真提供:毎日新聞社)
作家でありながら「対談の名手」とも言われる五木寛之さんは、数十年の間に才能豊かな女性たちに巡り合ってきました。その一期一会の中から、彼女たちの仕事や業績ではない、語られなかった一面を綴ります。第4回は「夜が明けたら/かもめ」で大ヒットした歌手・浅川マキさんです。(写真提供:毎日新聞社)

渡った人は帰らない

夢の中にいつも出てくる歌がある。

「赤い橋」という、童謡のような、和讃のような奇妙な歌である。

この歌の詞を書いたのが北山修さんであることは後で知った。

けだるい歌声である。聴いているうちに、どんどん、どんどん地の底に引きこまれていくような気分になってくる。橋のたもとに咲く赤い花は曼殊沙華だろう。古くから彼岸花と呼ばれてきた真赤な花だ。

川のほとりに咲く彼岸花(写真提供◎AC)

彼岸とは、あの世のことである。
この世は此岸(しがん)という。

親鸞は、あの世で成仏した人は、ふたたびこの世に還ってくると説いた。有名な「往相還相(おうそうげんそう)」の思想である。しかし、この歌はきっぱりと「渡った人は帰らない」とうたう。

私はひそかに、歌は歌い手のものだと思っている。どんな名曲でも、うたわれない歌は死んだ鳥だ。その鳥が羽ばたき、空を翔ぶのは、歌い手の存在感によってである。

この「赤い橋」の歌に生命をあたえているのは、歌い手の声であり、実在性であり、他人には想像するしかない一人の人間の投影である。

この歌を御詠歌のように口ずさみながら、ゆっくりと赤い橋を渡っていく女性の姿が見える。その歌い手の名前は、浅川マキ。私は彼女が無名のころ、一瞬だけ彼女と言葉をかわしたことがあった。