彼女は大きな丸い西瓜を私にさしだした
病院の患者さんかな、と一瞬、思った。時どきふらりとやってくる人たちがいたのだ。しかし、彼女はそんな感じではなかった。探るような、たしかめるような、強い視線で私をみつめている。その目の中にはどこか追いつめられた動物のような、不安な光が宿って、とても緊張しているような雰囲気だった。
「これ」
と、言って彼女は手にさげた大きな丸い西瓜を私の前にさしだした。それがあまりにも重そうな西瓜だったので私はびっくりした。この西瓜を手にさげて、日盛りの中を歩いてきたのだろうか。それにしては汗ひとつかいていない感じが異様だった。
「どこからきたの?」
と、私がたずねると、「美川町から」とぽつんと言う。美川町は、金沢近郊の町である。今は白山市だ。
「五木さんと話がしたくて」
と、彼女は言った。
私たちは縁側に腰かけて、言葉ずくなに会話をした。
「あなた、なにをやってる人?」
名前を名のらない彼女に、私はたずねた。
「歌手です」
「歌手――」
「東京で。一応、レコードも出したんですが」
「どういう曲?」
「どうでもいいじゃないですか」
と、彼女は顔をそむけて言った。
「仕事がうまくいかないんです。うまくいかないっていうか、わたしの考えてる音楽と方向性がちがって──」
それで東京から引揚げてきたのだ、と彼女は言った。