「私にだってできるかもと、思ってしまったんです(笑)」と小春さん

皆がシニア、全員が素人だからこそ

まずは見学だけでもと稽古場へ行くと、劇団員たちから「入団したら、数ヵ月後の公演までは辞めないでね」と、両腕を掴まれてしまう。しかも作・演出を手がける鯨さんは出演者全員に見せ場を作る方針のため、最初からセリフがある役が与えられた。

「稽古では言われるがまま、木偶の坊みたいに動くだけでした」。けれどもいざ本番を迎え、何十年も客席から見上げていた舞台に自分が立ち、スポットライトを浴びていると実感した時は、「もう夢のよう(笑)。嬉しくて嬉しくて、こんな幸せってあるのかしらと思いました」。

本番中、小春さんが振り向いて「ねえ、おじさん」と話しかけるはずの相手が舞台上にいなかったり、セリフを忘れるのは日常茶飯事だったりと、シニア劇団ならではの失敗はいろいろ。常に誰かしらが足やら腰やらを痛めている。それでも互いに励まし合い、力を出し合って一つの舞台を作り上げる喜びに、小春さんは引き込まれていった。

「皆がシニア、全員が素人という同じ立場。だから余計な競争心がなくて、居心地がいいのだと思います」。

また女子高生の制服といった衣装も、おのれを捨てて別人になれる快感があるという。若い頃なら自意識が邪魔をしてできなかったことも、年齢を重ねると意外とすんなり挑戦できることに、自分でも驚いているそうだ。

「社会の中で生きるには、人目を気にして自分を隠す必要もあるでしょう。でもそうしたしがらみから解き放たれて、『楽しければいいじゃない?』って言える瞬間が誰の人生にもあっていいと思うんです」。自分にとっては、今がその時。そう晴れ晴れとした笑顔で語る小春さんなのだった。


ルポ・小さな一歩を踏み出して「いま」に夢中
【1】定年後飛び込んだ劇団で、おのれを捨てて演じる自分に驚いて《小春さんの場合》
【2】孫の一周忌に聞こえた声をきっかけにブックカフェを実現《江幡さんの場合》
【3】フォロワー9万人。79歳で始めたインスタで世界が広がった《木村さんの場合》