夫婦二人三脚でラーメンをつくる。「ずっといっしょだから、ストレスもたまりますよ」と言いながらも、息はピッタリ

ロックダウンで海外の店が回らなくなって

デビット 夜は仕事のつき合いで、六本木を飲み歩くんですよ。振り返ると、あの時間はホントに意味がなかったなあ。しかも、ラーメン店の経営に巻き込んじゃったよね。能子さんには社長になってもらって。

能子 そう! 「ちょっと手伝って」が得意文句だから。でも、全然ちょっとじゃない(笑)。社長ともなると、うまくいかなかったら私が背負わなくちゃいけないのに。

デビット あのときは、申し訳ないなあと思っていたよ。能子さんはずっと店舗のサポートをしてくれていたけど、お金に関する不安はいっさい僕に言わなかったね。

能子 ラーメン店は、とにかく従業員を守ることが第一というか、それがお店自体のコンセプトになっていたでしょう。だからデビさんは、そのために必死に考えて動いているんだろうな、と信じてた。

デビット 大変な時期はもちろんあったけど、経営的に厳しい状態に追い込まれたことは一度もなかった。芸能人の店って、話題性でブームになり、ブームが去ったら閉店というパターンが多いでしょう。でも、それだとスタッフを守れない。

店舗数を増やすことは、収益を上げるためというより、育ってきたスタッフに力を発揮する場を与えるために必要だった。だから、店として拡大路線はとるんだけど、危ないと思ったら大失敗する前にすぐ店を閉めて、次の展開につなげる。そんな感じで無理せず拡大した結果、海外に4店舗、国内に6店舗になっていた。

能子 そんなときに、コロナが世界中で流行し始めたんだよね。

デビット そう。正直、あのときが20年間で一番きつかった。日本で飲食業界がストップしたのは2020年の春だけど、それより前に海外はロックダウンしていたから、まず海外の店が回らなくなって。さあ、どうやって生きていくか。スタッフは海外を含めて50人ほど。どうすれば全員の雇用が守れるのか、ずっと考えていました。

能子 結局、海外の店舗はすぐに全部畳んで、国内は3店舗だけ残して。誰よりも早かったよね、デビさんのあのときの対応。