この復刊は、講談という文化蘇生の息吹なのだ
コロナ禍にあって、昔から風景のようにそこにあった料理屋や劇場、数々のお店や家屋が姿を消している。だれもが惜しむ。
しかし惜しむ前に、その場所の価値を知り足しげく通った人はどれだけいるだろうか。「文化」とは極言すれば不要不急の存在だ。ただ、人はその不要不急を失った時に気付く。それが生活にとって必要だったということを。しかも「文化」はそうそう簡単には蘇生できないものだ、とも。
平成二年に閉場した、日本で最後の講談の定席(毎日公演を行う劇場)「本牧亭」(その後も本牧亭は場所をかえ細々と維持されていったが平成二十三年に閉場した)。本書はその本牧亭を切り盛りした石井英子氏の一代記で、平成三年に出版され絶版になっていたものを文庫化したものだ。
読者のなかには講談のイメージがあまりないかもしれない。それほどに、長らく講談は死にゆく芸能、そして講談師は絶滅危惧職と目されてきた。
しかし、それは果たして本当に「時代」のせいだったのか。本書は、この石井英子氏と先代の神田伯山の口論からはじまる。「このままでは本牧亭は時代遅れの骨董品屋になってしまいますよ」「英子さん、こ、骨董品てのは失礼じゃないかい」。
非常にスリリングな議論だが、窮地に立たされた時、身分や立場を超えて意見を交わしていく経営者と芸人の姿には美しささえ感じる。いま、こうした議論が交わされている場所がどれほどあるだろう。
この伝説の書ともいえる本が文庫という形で新たに日の目を見たのは、現・神田伯山をはじめとした現在の講談師たちの獅子奮迅の活躍があればこそ。「講談の歴史を知ることは、講談の未来につながる」と伯山がいうように、「講談を聴く」文化の蘇生の息吹がこの文庫には詰まっている。奇跡の復刊といっていい。