ご自身にとっての天国を探ってもらえたら

物語の主軸となるのは、通り魔に小学生の息子を殺された家族です。

悲しみに暮れる一家のもとに現れたのは、新興宗教系の聖歌隊。母は信仰にのめり込み、娘を活動に巻き込んでいきますが、父はそんなふたりを止めようとします。神を信じられない父親と信じてしまう母親、その間で揺れる娘。ひとつの家族の中で信仰が分裂している状態になってしまうのです。

この家族がどこへ向かうのか、ダンテの『神曲』に倣って三篇構成にし、父、母、娘それぞれの視点で各篇を描きました。

作中では、娘が恋した青年が「君がおかあさんを信じる気持ちと、おかあさんが信じている神様を信じられない気持ちは両立すると思う」と言います。

この言葉通り、人は時に複雑な信仰を持ちうる。本書のカバー写真のように、信仰とは天気雨のような曖昧な空模様なのではないか。この物語を書き進めるうちに、そんな思いが湧いてきました。

これは音楽の話でもあります。

音楽もまた、目に見えないけれども人の心を動かすもの。音楽を聴いて得る感動は、ある種、神に触れる感覚に近いような気がします。だからこそ、キリスト教をはじめ、あらゆる宗教は音楽と分かちがたく結びついているのでしょう。そこで、作中では絶えず音が流れ続けている描写を意識し、各篇で語り手が代わるたびに文体も大きく変えました。

宗教や信仰と聞くと、なんとなく怖いイメージを持つ方もいるかもしれません。でも、それはよく知らないから。こうしたよくわからないものを理解するために、物語はとても役に立ちます。

そもそも聖書は物語形式です。しかも、楽園にいたアダムとイヴが、神を信じ切れずに禁断の果実を口にするという不信の物語から始まる。「信じる/信じない」は、いわば人間の根源に関わるテーマ。この小説を読んで地獄巡りをしていただき、ご自身にとっての天国を探ってもらえたらと思います。