「私なんか」

連載当時から反響が大きかったのが、「私なんか」という口癖を先生にきつく𠮟られた、というエピソードでした。特にこれといった長所もない私を、先生は過大評価しているんじゃないか。そんな自己肯定感の低さが先生には歯がゆかったのでしょう。

瀬尾まなほ「寂聴さんに教わったこと」講談社 1320円

先生にとって私は、久々に身近に現れた「若者」でした。先生が多くの苦難を乗り越えて生きてきた戦中戦後の時代に比べ、私たち若者には自由も未来も、可能性だって大きく広がっている。なのになぜ失敗を恐れ、消極的で、自信を持てないのか。

そのギャップに先生は驚いたのだと思います。「『私なんか』と決して言わないで。この世でたった一人の自分に失礼よ」と強くいさめてくれた言葉は、今も忘れることができません。

その後、初めてエッセイの本を出した時にも、自分の知らないところで批判される不安に怯える私に「妬かれるってことは、羨ましいと思われてる証拠」と先生らしいアドバイスをくれたことがあります。

一人でメディアに出ることをためらっていると、「チャンスはいつまた巡ってくるかわからない。波が来た時に乗らなきゃ」と、背中をどんと押してくれたことも。誰がなんと言おうと、先生がOKならいいじゃない? そう思えることで、私は少しずつ強くなれたように思うのです。