一筋縄では読み解けない小説

子供が重大な犯罪に手を染めてしまい、家族が世間からの強い非難を浴びたとき、父親のリーダーシップの下、家族が結束して困難に立ち向かうのがアメリカンホームドラマだが、本作「食卓のない家」はいかにも日本的風土の中で、封建的家父長制と決別しつつ新たな親子関係を構築することを目指して戦う、もう一つの父権の物語が展開する。

「食卓のない家」を著した円地文子氏。豊かな古典の教養をもとに女性の執念や業を描いた。主な作品に「女坂」「朱を奪うもの」「傷ある翼」「虹と修羅」「なまみこ物語」など。「源氏物語」の現代語訳でも知られる。晩年に撮影(本社写真部)

原理主義的に、親子は別人格であるとする立場を貫く父親が、最愛の伴侶や子供たちから拒絶される存在になり、結果的に家族を崩壊させる。

その一方で、その父親信之の思想と行動に深い理解と共感を寄せる親族の女性や、悲劇を背負った古代の英雄的な男の姿に憧れを抱く女子大学院生も現れ、50を過ぎた男の心は揺れる。このあたりは、当時、学生たちの思想信条と社会情勢に着目して読んだ者をさぞ苛つかせたことだろう。

だが注意深く読めば、彼女たちが駆使しているものが、円地文子の他の作品にも登場する、霊的な女の力であることに気づく。

主人公の父親が依って立つ科学的で合理的な理論の世界と対極にある、妹(いも)の力、あるいは巫女的な呪力、合理的には説明し得ない力であり、それがときに信之に自らの主義主張が通用しない何物かに気づかせ、結果的に主人公を悲劇の英雄として死なせることを免れさせている。それは、このいかにも一見、社会派家庭劇風の小説の根底にある神話的構造を浮かび上がらせてもいる。

何とも一筋縄では読み解けない小説だ。