壊れゆく夫婦関係
問題は嫁姑関係だけではない。かんじんの夫婦関係も、倦怠期によって亀裂が入るものである。
たとえば妻が夫を卿(けい。〈あんた〉の意)とよぶ家庭もあり、夫が「やめなさい」というと、妻は「卿に親しみ、卿を愛しているから、卿を卿とよぶのよ。私が卿を卿とよばなければ、だれが卿を卿とよぶのよ」という始末*7。
当時のことわざに「忘れものをしやすい者は、引っ越しのときに妻さえ忘れる」とあり*8 、もはや冗談にしか聞こえないが、そこにも家庭にウンザリしている男性の苦悩がかいまみえる。
一方、むすめの婚姻をかってに決めた父親が、それに文句をいった母親にたいして「子どもや女の知ったことではない*9」といった例もある。いかにも亭主関白がいいそうなセリフである。
また戦国時代の列子(れっし)は貧乏で、あるとき君主が列子にプレゼントをしたが、なんと列子はそれを断った。妻は胸をたたいて列子に怨み言をのべたが、列子は「ご主君はだれかにいわれてそうしたのだ。みずから望んでプレゼントをしようとしたのではない。そういったプレゼントにはうらがあるものだ。だから受けとるべきではないのだ」といった*10。
さすがは列子、みずからのポリシーを貫いたわけである。だが妻としては、そんなことはどうでもよく、ともかく贈り物で家計を潤したかったはずであろう。
夫婦関係がギクシャクする原因はほかにもたくさんある。
たとえば前漢時代の朱買臣(しゅばいしん)は、若いころ貧乏で、薪まきを売りながら書物を声に出して読むのが常であった。まるで日本の二宮金次郎である。しかし妻は、いっこうにうだつがあがらず、ダサい音読をつづける夫に嫌気がさし、とうとう離婚を申しでており、朱買臣もそれを認めている*11。