夫婦といえども、相手を信頼しつづけるのはむずかしい
こうして古代中国にも不倫はなくならず、じっさいに当時の人びとは不倫についての疑念をたがいに抱きつづけた。
かりに誠実な男性であっても、単身赴任中にまわりから怪しい目でみられることは避けられなかった。たとえば単身赴任中のある男性は、衣服がほつれたときに、みずから裁縫をすることができなかった。そこで近所の人妻のことばに甘え、彼女に裁縫をしてもらったところ、のちにその人妻が夫に疑われて一大事となっている*21。
またべつの男性は、隣人の妻が亡くなったときに涙を流しただけで、まわりから生前の彼女との関係を疑われている*22。
まわりの人びとのまなざしというのは、今も昔も面倒なものである。ろくに事情もわからずに、みずからの狭隘な価値観をおしつけてくる人びとのようすは、現代のSNSの書きこみとなんらかわらない。
さらに、ある夫婦が昼間に廟でおまいりをしたときには、妻は無病息災と百束たばの麻織物をお願いしている。夫が「なんと小さな願いだね」というと、妻は「これ以上だとあなたが妾を買うかもしれません」とのこと*23。
夫婦といえども、相手を信頼しつづけるのはむずかしいものである。
(註)
1:『玉台新詠』巻1「古詩爲焦仲卿妻作」。
2:『漢書』巻71于定国伝。
3:『列女伝』巻4貞順伝陳寡孝婦条。
4:『後漢書』巻84列女伝楽羊子妻条。
5:『列女伝』巻1母儀伝魯之母師篇。
6:張家山漢簡「二年律令」賊律(第40簡)、張家山漢簡「二年律令」告律(第133簡)。
7:『世説新語』惑溺篇。
8:『説苑』巻第10敬慎篇。
9:『史記』巻8高祖本紀、『漢書』巻1高帝紀上、『漢書』巻40王陵伝。
10:『荘子』雑篇讓王篇、『呂氏春秋』巻16先識覧観世篇、『列子』説符篇。
11:『漢書』巻64上朱買臣伝。
12:『詩』国風●(庸におおざと)風鶉之奔奔、『玉台新詠』巻2傅玄「苦相篇・豫章行」。
13:『玉台新詠』巻7皇太子簡文「紫●(馬へんに留)馬」。
14:『玉台新詠』巻7湘東王繹「詠晩棲烏」。
15:『韓非子』内儲説下。
16:睡虎地秦簡「法律答問」(第173簡)。
17:『漢書』巻83朱博伝。
18:『魯迅『古小説鉤沈』校本』所収『幽明録』第198条。
19:張家山漢簡「奏●(言べんに獻)書」案例21、岳麓書院藏秦簡「為獄等状四種」案例12、張家山漢簡「二年律令」襍律(第192簡)。
20:中野信子『不倫』(文藝春秋、2018年、3〜83頁)。
21:『玉台新詠』巻1古楽府「艷歌行」。
22:『淮南子』説林訓。
23:『韓非子』内儲説下
※本稿は、『古代中国の24時間-秦漢時代の衣食住から性愛まで』(中公新書)の一部を再編集したものです。
『古代中国の24時間-秦漢時代の衣食住から性愛まで』(著:柿沼庸平/中公新書)
始皇帝、項羽と劉邦、曹操ら英雄が活躍した古代の中国。二千年前の人々はどんな日常生活を送っていたのか。気鋭の中国史家が文献史料と出土資料をフル活用し、服装・食卓・住居から宴会・性愛・育児まで、古代中国の一日24時間を再現する。口臭にうるさく、女性たちはイケメンに熱狂、酒に溺れ、貪欲に性を愉しみ……。驚きに満ちながら、現代の我々ともどこか通じる古代人の姿を知れば、歴史がもっと愉しくなる。