「『あの声でまだ歌っている』と言われる前にケジメをつけよう。それが引退という結論でした」
歌謡史に残る数々のヒット曲を世に送り出し、西郷輝彦さん、舟木一夫さんとともに「御三家」と呼ばれ人気を集めた橋幸夫さんが、80歳の誕生日を迎える2023年5月3日をもって、歌手活動から引退することを発表しました。60余年の歌手人生にピリオドを打つことに決めた、その思いとは──。今年から月刊化し大好評発売中の『婦人公論』3月号より特別に記事を公開します(構成=福永妙子 撮影=宮崎貢司)

歌手としての寿命を感じ始めて

引退については、ここ数年ずっと考えていました。スポーツの世界ではいくら記録を残しても、これ以上は無理かなとなると、スパッとリタイア……引退します。プロに限らず、オリンピックに出場する選手もそうですね。僕はそれが羨ましかった。

歌手の場合、ヒットから遠ざかろうが、高齢になろうが、歌手であり続けることはできます。つまり、明確な「やめどき」というものがない。それは悩ましいことでもあるのです。

生涯、歌ひとすじ。それも立派な人生ですが、僕はやめどきを自分で見極めたかった。実際、数年前から歌手としての寿命がきているなと感じ始めていたのです。

以前はいくらでも声が出ました。声に艶もありました。それが、喉がガラガラする。低音部が出にくい……。専門のクリニックでは声帯の筋肉の衰えを指摘されました。ボイストレーナーのアドバイスに従い訓練を続けているものの、老いには逆らえない部分もあります。

几帳面というか、一つひとつのことをピシッとやらなければ気が済まない気性というか、それは僕の美学でもあるのでしょう。自分が納得できない状態でステージに立ちたくはないし、ファンの方々に衰えたわが身をさらすのも忍びない。「あの声でまだ歌っている」と言われる前にケジメをつけよう。それが引退という結論でした。

デビュー以来、僕は10年ごとに必ず記念コンサートを開いてきました。2020年の60周年コンサートを終えたらやめようかと覚悟し始めたところ、コロナで延期に。そこで、ラストコンサートとして全国をまわりながら、僕の80歳の誕生日である23年5月3日を歌手としての最後のステージに、と決めたのです。