初舞台の10代。特別賞を受賞(写真提供:黒沢さん)

「刃物と血が似合う女優」を、あえて目指して

そもそも、この世界に入ったのは11歳のとき。小学生の頃から人前で目立つことが大好きで、学級委員を始め、あらゆる委員にことごとく立候補するほど。

友達と話をするときにちょっぴり話し方を変えただけで、相手が喜んだり、言うことを聞いたりしてくれるのだということもわかり、それが演技をすることへの興味にもつながっていきました。それで、キラキラした芸能界で私も脚光を浴びたいと、新聞に載っていた児童劇団の募集広告に自分で応募したんです。

ところが、いざ劇団に入ってみたら、周りの子たちと比べて、どうも自分は垢抜けない。私がいわゆるキラキラ路線を走れないのは、その芋臭さのせいじゃないかと幼いながらに気がついて。自分が演技しているときに、もう一人の自分が常に正面から眺めているんですけど、もっとフレッシュに、もっとおしゃれに演技したいと思っているはずなのに、なぜか泥臭いんですね。

オーディションにはことごとく落ちました。とくに、朝ドラはずっとオーディションを受け続けていたにも関わらず、毎回、ダメ。落ちる度に、そのときの自分の服装や心理状態、どういう役柄だったのかを書き出して分析してみたところ、「そうか、私の匂いは〈朝〉じゃないんだな」って気がついた。「フレッシュ」や「すがすがしさ」を生まれながらにして持ち合わせていないのだと、11歳の時に悟ったんですよ。

じゃあ、どうしたら女優として生き残っていけるのか。そう考えたときに、他の人たちが敬遠するような役だけ、枠が空いていることに気がついたんです。過激な役やエキセントリックな役なら入り込める。だったら、「純情なヒロイン」路線はいっそ捨ててしまおう。そこで路線変更したことで、大人の男性をたぶらかすような少女の役をどんどんいただくようになったのです。

さらに、中学に入ったときに、たまたま『郵便配達は二度ベルを鳴らす』という映画を観たことで、「私もジェシカ・ラングになりたい!」と憧れて。ワイルドで、意志が強くて、男には絶対屈しない強い女性。そんな彼女の姿にインスパイアされて、黒沢あすかという女優を自分でブラッシュアップしていったのかもしれません。