2021年12月、大分県別府市と九州大学の実証研究で、「温泉には特定の病気のリスクを下げる効果がある」と発表された。温泉入浴で腸内細菌が変化し、免疫力にいい影響を与えるというものだ。温泉の本質を知り、より効果的に入浴すれば、効果もUP!? 
また、旅に出られなくても、温泉の豆知識を得ることで、湯けむりに思を馳せ、癒しを感じることも…。消化器外科医・温泉療法専門医であり、海外も含め200カ所以上の温泉を巡ってきた著者が勧める、温泉の世界。安心して、どっぷりと浸かってみてください。
※本記事は『秘湯マニアの温泉療法専門医が教える 心と体に効く温泉』(佐々木政一、中央新書ラクレ)の解説を再構成しています

前回●「美人の湯」の効果は? 飲める温泉は…

文豪が愛した名湯

温泉地(以下温泉と表記)で執筆した作家、温泉で療養を行った文豪、旅と酒を愛し温泉を訪ねた歌人・詩人等、日本特有の温泉風土を舞台背景にして、書き上げられた文学作品はとても多い。

これは、世界を見渡しても珍しい。海外文学では、カフェやレストラン、バーが舞台となる作品が多く、シャワーの話などほとんど出てこないのだから、温泉好きの日本人ならではである。日本文学ほど、温泉なしでは語れない文学はないと言えるだろう。さらにいえば、病気療養のために訪れた温泉で、題材を見つけ、湯治の期間中の有り余る時間を使って作品を書いたというのも想像に難くない。

日本各地の温泉を舞台にした文学作品をたっぷりと紹介しよう。文学と温泉の世界にどっぷりと浸かってみるのもいいものだ。

 

●城崎温泉(兵庫県豊岡市城崎町)
志賀直哉『城の崎にて』

城崎温泉は志賀直哉の『城の崎にて』の舞台である。志賀直哉は大正2年に、山手線の電車にはね飛ばされて重傷を負い、東京病院に入院した。その後、療養のため城崎温泉の三木屋に約3週間滞在し、その間に『城の崎にて』を執筆した。

ハチの死骸や首に串の刺さったネズミ、自分が投げた石に当たって死んだイモリと、九死に一生を得た自分とを比べ、生と死の意味を考えるという短編小説である。

城崎温泉は8世紀初頭にコウノトリによって発見されたという伝説がある。江戸時代の温泉番付では西の関脇(最高位の大関は有馬温泉)で、大正14年の北但馬地震までは全ての旅館に内湯はなく、宿泊客は温泉街の各所にある外湯に通っていたが、昭和2年に三木屋が城崎温泉初の内湯を設置した。

現在も下駄を鳴らしながら、浴衣姿で手拭をぶら下げ、大谿川の両側に並ぶ名物の外湯めぐりを楽しんでいる観光客の姿が絶えない。ちなみに外湯は(1)さとの湯、(2)地蔵湯、(3)柳湯、(4)一の湯、(5)御所の湯、(6)まんだら湯、(7)鴻の湯の7カ所である。

「鴻の湯」の前にて。筆者

また、城崎文芸館の玄関前には「城の崎にて 直哉」とその一節が刻まれた文学碑が建っている。

城崎文芸館前の志賀直哉の文学碑