巨大な白いお皿の周りを魚眼レンズのようにマンション群が取り囲む作品「ウツボカズラ」
●C:ほうれん草、卵、時計……近くでじっと見つめていると、予想外の素材の組み合わせに驚かされる
●D:ナイフとフォークが添えられた皿の上には、果物やパン、自動車、宝石などが鮮やかにちりばめられる

独身時代には個展を開き、公募展に入賞したこともある。しかし結婚後の30年間、嶋さんは作品を作ることから遠ざかってしまう。その大きな理由は、家庭の事情だ。結婚して住むことになった夫の実家には、明治生まれの高齢の義父母と、夫と20歳以上年の離れた大正生まれの義姉がいた。

さらに嶋さん自身、長女に続き、4年後には長男を産み、大家族を養うためにも仕事を続ける選択をしていた。仕事に家事、育児に加え、親族の介護。嶋さんに創作に集中する時間はまったくなかったのだ。

嶋さんが長男を出産してまもなく復帰した職場は、印刷の原稿を作る版下の会社。そこで技術を身につけて37歳で独立し、以後20年間フリーで仕事を続けたという。

50代半ばからは更年期に悩み、版下業界でパソコンが使われ始めたこともあって、手作業派の嶋さんは引退を決意する。それをきっかけに取り組み始めたのが、キャンバスにチラシの切り抜きを貼って作るコラージュ作品だったのだ。

義父は早くに亡くなったものの、義母と義姉、晩年一人暮らしになった実母も引き取って面倒を見たという嶋さん。
「今だから笑って話せますけれど、当時はもういろいろとね、大変だった!」

長女の裕子さんによれば、「その頃には伯母たちの介護も始まって、母は本当にしんどかったと思う。リビングのテーブルにキャンバスをバリケードのように立てかけ、家族が寝静まってから夜な夜な作品に取り組む母の姿は、ちょっと鬼気迫るものがありましたもの」。