また、旅に出られなくても、温泉の豆知識を得ることで、湯けむりに思を馳せ、癒しを感じることも…。消化器外科医・温泉療法専門医であり、海外も含め200カ所以上の温泉を巡ってきた著者が勧める、温泉の世界。安心して、どっぷりと浸かってみてください。
※本記事は『秘湯マニアの温泉療法専門医が教える 心と体に効く温泉』(佐々木政一、中央新書ラクレ)の解説を再構成しています(イラスト◎オギリマ サホ)
文豪が愛した名湯
前回に引き続き、温泉地(以下温泉と表記)で執筆した作家、温泉で療養を行った文豪、旅と酒を愛し温泉を訪ねた歌人・詩人と産み出された文学作品の話。
海外文学では、シャワーの話などほとんど出てこないわけで、温泉好きの日本人ならでは。病気療養のために訪れた温泉で、題材を見つけて作品を書いたというのもあるだろう。
●道後温泉(愛媛県松山市道後湯之町)
夏目漱石『坊っちゃん』
道後温泉といえば、言わずと知れた夏目漱石の『坊っちゃん』の舞台である。乱暴ながら気のいい同僚の「山嵐」やキザな教頭「赤シャツ」、お人好しな「うらなり」など個性豊かな人物が登場する。
漱石は、明治28年に愛媛県立尋常中学校の英語教師として赴任し、翌年に転任するまでの間、「道後温泉本館」をよく訪れた。
「おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。せっかく来たものだから毎日入ってやろうという気で、晩飯前に運動かたがた出掛る」
言うまでもなく、「住田の温泉」は「道後温泉本館」である。漱石が通った当時、道後温泉本館は築1年目の新築であり、静養のために帰省していた正岡子規と同居し、たびたび子規と出掛けている。3階には漱石の愛用した「坊っちゃんの間」が残され、自由に見学ができる。
浴槽は全部で5つあり、「神の湯」(男湯2、女湯1)と「霊の湯」(男湯1、女湯1)からなり、入浴のみと、入浴と三段階の値段設定がされた休憩室利用のコースがある。また、館内には日本で唯一の皇室専用の「又新殿(ゆうしんでん)」もある。平成14年には近くの放生園に足湯が、平成18年には本館東側に「漱石坊っちゃん之碑」が設置された。
道後温泉は約3000年の歴史を誇る日本国内で最も古い温泉の一つである。