●芦原温泉(福井県あわら市舟津)
水上勉『越前竹人形』
大正末期、越前・武生の山深い里で竹細工師として名をなした父親が急死した。息子が跡を継ぐと、かつて父親に世話になったという美しい女性が墓参りにやって来た。
その女性が気になった息子が芦原(あわら)温泉を訪ねたところ、女性は温泉街の娼妓で病床に臥せっていて、傍らには父親が作り彼女に贈った見事な遊女の竹人形が飾られており、彼女の面影は亡くなった母親によく似ていた。息子は彼女に思慕の念を抱きやがて求婚、夫婦となる。しかし、彼女をあくまでも《母》として慕う息子は夫婦としての契りを拒み、やがて悲しい結末を迎えるという、竹細工師と芦原温泉の娼妓との悲恋を描いた水上勉の『越前竹人形』の舞台となったのが芦原温泉である。
福井県の芦原温泉は、明治16年、灌漑用の井戸を掘っている最中に温泉が噴出したのが始まりで、その後、温泉街が形成されていった。広々とした穀倉地帯の風情のある落ち着いた佇まいが人気を呼び、関西の奥座敷として発展を遂げていった。
昭和31年には大火に見舞われ、温泉街は灰燼に帰したが、その後、新たな都市計画のもとに碁盤目状に広い道路の通った近代的な温泉街に生まれ変わった。老舗旅館「つるや」の一角に、水上勉と親交のあった現役の竹細工師・山田信雄がプロデュースした「大正ロマン館」があり、娼妓・玉枝を演じた歴代の女優の写真やポスターなどが展示・公開され、日帰り温泉施設「セントピアあわら」の施設内には竹人形をイメージしたモニュメントが建てられている。
※本稿は、『秘湯マニアの温泉療法専門医が教える 心と体に効く温泉』(中央新書ラクレ)の一部を再編集したものです。