2021年12月、大分県別府市と九州大学の実証研究で、「温泉には特定の病気のリスクを下げる効果がある」と発表された。温泉入浴で腸内細菌が変化し、免疫力にいい影響を与えるというものだ。温泉の本質を知り、より効果的に入浴すれば、効果もUP!? 
また、旅に出られなくても、温泉の豆知識を得ることで、湯けむりに思を馳せ、癒しを感じることも…。消化器外科医・温泉療法専門医であり、海外も含め200カ所以上の温泉を巡ってきた著者が勧める、温泉の世界。安心して、どっぷりと浸かってみてください。
※本記事は『秘湯マニアの温泉療法専門医が教える 心と体に効く温泉』(佐々木政一、中央新書ラクレ)の解説を再構成しています

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万葉集で詠まれた温泉

わが国に現存する最古の歌集で、古代の人々の暮らしぶりを今に伝える『万葉集』には、温泉地で詠んだ、あるいは温泉と関係する歌が少なからず見られる。日本三古湯といわれる「道後温泉」「有馬温泉」「白浜温泉」については第3章を参照していただくとして、その他「伊香保温泉」「湯河原温泉」「二日市温泉」で詠まれた、あるいはその地と関連の深い万葉歌について紹介する。

 

●伊香保温泉(群馬県渋川市伊香保町)

特筆すべきは万葉集巻一四の東歌の中に、伊香保を歌った歌が9首も含まれていることである。しかし当時、伊香保は都から遠く、方言や訛りで詠まれた難解な語句の歌が多く、現代語訳は群馬県渋川伊香保温泉観光協会発行の『伊香保温泉 句碑めぐり 万葉歌碑めぐり』、地元出身の故宮澤智子著『伊香保の万葉集』と歌碑の横に建てられている解説文を参考にした。

9首全てが伊香保町内に歌碑として建立されており、そのうちの代表的な3首について解説する。伊香保で詠まれた歌にはなぜか艶っぽいものが多い。

「伊香保ろにあま雲いつぎかぬまづく人とおたはふいざねしめとら 作者不詳(巻一四― 三四〇九)」

(伊香保の山に入道雲がつぎつぎに湧き上がり、雷鳴も轟き人も騒いでその方に気を取られている。そういう時だからさあ一緒に寝させろよ……なぁお前)

「伊香保ろ」は榛名山のこと。「かぬまづく」、「おたはふ」は語義不詳。

「伊香保ろの八尺(やさか)の堰塞(ゐで)に立つ虹(ぬじ)の顕ろまでもさ寝をさ寝てば 作者不詳(巻一四― 三四一四)」

(伊香保の山裾にある八尺もある大きな水門(堰塞)からほとばしる水しぶきに朝日が当たって虹がはっきりと見えるようになるまでお前と一緒に寝ていられたらどんなに楽しいだろう。是非そうしたいものだなぁ。なぁお前)

「虹(ぬじ)」はにじの古形、あるいは東国訛り。「さ寝をさ寝」は幾夜も続けて寝ること。

万葉集中、虹を詠みこんだ歌はこの1首のみである。

歌碑は水沢観音の駐車場に建てられている。

「伊香保ろのそひの榛原(はりはら)吾が衣につき寄らしもよひたへと思へば 作者不詳(巻一四― 三四三五)」

(伊香保の山の山沿いにある榛原の榛の実は私の着物にとても染めつけ具合が良い〈合性が良い〉。これは私の着物が一重物だから〈私のあなたを想う気持ちに裏表の二重の心がないから〉)

「榛(はり)」はハンノキの古名。「ひたへ」は一重の訛り。一重の衣は裏がないので、自分が相手をひたすら想っていることをにおわせている。歌碑は「文学の小径」にある。