明治の近代家族化の開始時にあった「皇室の家族の分割線」

明仁上皇・美智子妃のカップルが、皇室の家族に画期的な変化をもたらしたと考えると、それ以前の皇室の新しさ、つまり近代家族性を見失ってしまう。皇室の家族の分割線は、実は明治の近代家族化の開始時にある。

眞子内親王の結婚問題によって、皇族、とくに女性皇族の結婚がどこまで自由かの議論が起きた。また今後、女系天皇や旧宮家皇族の皇籍復帰の検討も行われていくだろう。

皇室にも家族の多様性を認めるのか、従来と同じ家族規範を維持するのか、議論は決着しそうにない。著者の新刊が、それを考える手掛かりとなれば幸いである。

※本稿は、『天皇家の恋愛-明治天皇から眞子内親王まで』(中公新書)の一部を再編集したものです。


天皇家の恋愛-明治天皇から眞子内親王まで』(著:森暢平/中公新書)

明治天皇まで多妾が容認された天皇家は、いま一夫一婦制、子どもを家庭で養育する近代家族へと大きく変わった。これは、恋愛から家族をつくった戦後の明仁皇太子・美智子妃によるとされる。だが、それ以前から天皇家は、三代の皇后を始め多くの皇族たちが、近代家族を目指し、その時代なりの恋をしていた。本書は、明治以降、上皇夫妻や眞子内親王まで、天皇家150年に及ぶ歴史を、数々の恋愛から描き出す。