もう、前の歯科医院に戻るのはやめよう

Point of no return、つまり引き返せない地点は過ぎていたが、私は必死で新しい歯科医院を探した。すると、件の歯科医院から100歩の場所に、驚くほど評判の良い、抜かずに治療する歯科医院が見つかった。灯台下暗しにもほどがある。

人気医院のため、予約は1ヵ月後。その間、私は前の歯科医院からの来院催促の電話をのらりくらりと躱した。浮気をしている気分。

1ヵ月後、ようやく新しい歯科医院で診察を受け、左上は抜歯せずとも治療可能とわかった。

ホッと胸を撫で下ろし、診察椅子の頭上を見やる。そこには最先端の機器で撮影された、私の口内3D写真があった。愕然とした。

前の歯科医院では不鮮明なレントゲン写真しかなかったのでわからなかったが、これで見ると右上の歯茎に埋め込んだビスは30度くらいの角度で斜めに斜めってぶっ刺さっており、ド素人が刺した釘以下の出来栄えだった。

聞けば、やはりこれは「大丈夫」とは言えない状態らしい。

とはいえ、ここからビスを抜くのも至難の業。型取りに手こずったのは、ビスが上部に飛び出しすぎて、被せる歯の支柱になるには寸足らずだからだそうだ。舌先で確認すると、確かに右上のビスはほとんど歯茎に埋まっていた。

前の歯科医院からは電話で「次回は歯茎をちょっと処置して、また型を取ります」と言われていた。新しい担当医は、歯茎をレーザーで焼いてビスを剥き出しにする必要があるからだろうと言った。ちょっとどころの処置ではない。

もう、前の歯科医院に戻るのはやめよう。この時点で正直に話してくれない人に、頭蓋骨を任せるわけにはいかない。続きは次号。


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