山形県民に優しくしてあげたい

きっとこれは現場仕事に限らないのではないか。こういう奴がどの企業のどの部署にも一人は配置されていて、日本人が企業戦士になって過労死しないように、そして、家庭より会社の居心地が良くならないように、厚生労働省が全国から集めて派遣してきているんだと思います。

だからあいつらに、「皆から仕事の楽しさを奪う」という国の仕事を忘れさせて、「楽しく働きたい」と思わせたら我々の勝利なのです。

僕は自分にそう言い聞かせて、嫌な奴がいようがいまいが、毎日ひたすら感情を失くして仕事をしてきました。

ところが、山形にはそういう人がいない。エピソードができない。皆いい人すぎる。

僕は、山形県民に優しくしてあげたいと思うようになっていきました。

※本稿は、『脱・東京芸人 都会を捨てて見えてきたもの』(大和書房)の一部を再編集したものです。

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