「政界進出以降、石原さんの作品に対する書評、評論の数はがくっと減っていきます」(栗原さん)撮影:川上尚見

最後に人生を懸けるのは?

豊崎 石原さんは、先述の中森明夫さんのインタビューで、「政治と文学ならどちらをとりますか」と質問されたときに、間髪いれずに「文学だ」とお答えになったそうですね。それなのになぜ、人生も晩年に入られた今、政治から足を洗って執筆に専念しようとなさらないんですか?

石原 それは、本当に辛いところでね。まだまだたくさん書きたいことがあるんだけど……。ただ、今度『文學界』に短期連載する小説は良い出来ですよ。

栗原 もう完成されたんですか?

石原 うん。400枚くらいの長編がやっと書き終わった。日本の消費社会が最も成熟して、バブルで崩れかけてくる時代を背景に、主人公が仲間とつくった架空のクラブを舞台にしてね。これが僕の最後の長編小説(*4)になるのかな。

栗原 えっ!?

石原 もうひとつ、書きたいと思う大河小説の案はあるんですよ。ギリシア悲劇のアトレウス家の神話になぞらえて、日本の近代化の頃から現代までの港湾業者一族の歴史の物語。

豊崎 すごくおもしろそうです。

石原 港湾業でだんだん成功していって、そのうち政治と結託して肥大化していき、骨肉相食むようになったりね。

栗原 政治家としての知見と経験も注ぎ込まれそうな内容ですね。

豊崎 『楡家の人びと』(*5)のような、読み継がれていく家族サーガになるんじゃないですか。

石原 時代の推移のなかに、ある種の娯楽性やどぎつさ、怖さもあって。『楡家の人びと』よりもう少し重厚な、『大菩薩峠』(*6)を芸術的にしたようなものを書ける気がしたんだけどなあ。

豊崎 実現したら石原文学の集大成といえるでしょうね。

石原 メモまでは作ったんだけど、これはもう間に合わないな。これを書けずに俺は死んでいくのかなあ。

豊崎 それはなんとしてもお書きになるべきです。政治家なんて辞めちゃえばいいんですよ!

石原 ははは(笑)。両方やるにはエネルギーがもう足りないかなあ。残念だよね。まあ、やりたいことをやりたいだけやってきた報いかな。

栗原 そうおっしゃらずに。

石原 しかしあなた方おふたりって、おもしろいねえ。文学賞ウォッチャーっていうの? 文壇を外から眺めて批評するというのは。

豊崎 作家って人間くささの極みですから、見ていて楽しいんですよ。

石原 外からだから見えることもたくさんあるでしょう。だから、あなたたちこそ小説を書いてみたらいいんじゃない?

栗原 いやいや。(笑)

豊崎 これまでみたいに勝手なこと言えなくなっちゃいますから。(笑)

*4 2015年に刊行された『フォアビート・ノスタルジー』を指すと思われる
*5 1964年に新潮社より刊行された北杜夫の長編小説。精神科病院「帝国脳病院」経営者一族の隆盛と没落を、大正〜昭和の時代を背景に描いた年代記。三島由紀夫は「戦後に書かれた最も重要な小説の一つ」と評した。新潮文庫、全3巻
*6 中里介山の長編時代小説。1913年から41年にかけて、『都新聞』、『毎日新聞』、『読売新聞』などに断続的に連載され、のべ41巻にわたる一大巨編だが著者の死により未完。幕末の剣士の旅程を描いた。1976年筑摩書房より全巻が刊行されたほか、論創社より都新聞版が刊行された