「今は、2人を見て育って、人生のいい先達だったなという感謝の気持ちが強いです」(撮影:大河内禎)
朝の情報番組『羽鳥慎一モーニングショー』や『ザワつく!金曜日』などバラエティー番組で、見かけない日はないほど活躍中の石原良純さん。父は作家であり政治家としても活躍した故・石原慎太郎さんだ。叔父は昭和の大スター故・石原裕次郎、兄と弟は政治家、末弟は画家である。日本一有名な「石原家」に生まれ、政治でも芸術でもない道を歩んだ良純さんとはどんな人物なのか。インタビューを申し込んだ矢先、両親の訃報が相次いで飛び込んで──(撮影=大河内禎)

母の人生は「趣味・石原慎太郎」

この春は、60年の人生で一番衝撃的な春だったと思います。父・石原慎太郎が2月1日、母・典子が3月8日に亡くなりました。

父は寝込んでいたわけじゃないけれど、足が不自由になっていたので、自分で歩くのは難しくなっていた。だから友人や親戚に電話するのを、取り次いだりしていたんです。その時に「いい人生だった。面白く楽しい89年だった」って、自らの口で笑いながら語っているのを聞きました。

その言葉通り、89年間、本当に好きなことをやり続けて、思ったことを実現しようと努力した悔いのない人生だったと思う。僕はやっぱり親父は文学者、物書きだと思っています。最後まで車椅子で机に向かっていましたから。文学、政治、それからプライベートでもヨットに乗ったり外国に遊びに行ったり。その最大の理解者であり、協力者だったのが母でした。

84歳で亡くなるのは、女性の平均寿命からすると早い気がするけど、父が亡くなったことで、母にとって最大の興味が失われたんだと思う。母は、「趣味・石原慎太郎」みたいな人でした。小学校の6年生と1年生で知り合って、17歳で結婚して。

父を見送った後、このひと月、ふた月を乗り越えれば、母は5年、10年と生きられると思っていたんです。強い女性ですから。でも、大動脈瘤破裂で突然亡くなってしまいました。前日まで会っていたので、びっくりですよ。

よく「お父さんが呼んだんですね」と言われるけれど、そうじゃないんですね。「母が後を追った」んです。