実家には、父が作った書庫があり、百科事典や小説、専門書、特に多いのは古書であった。「これは高いぞ」と、薄い紙を丁寧にめくって、かぞえうた、みたいな本をよく見せてくれた。
わたしが上京した時、父が持たせてくれた唯一のものは分厚い古書だった。もし、本当に困ったら神保町でこれを売れ、と父は言った。わたしは、そんな形見みたいなもの、売れるわけないよ、と思ったが上京して1年で生活に困り、神保町にその本を売りにいった。
100万、いや1000万なんてことがあるのか、親不孝しているのではないか、わたしはドキドキしながら査定を待った。結果は数千円だった。そんなことはないと、別の店にも行ったが、同じようなものだった。わたしは電車賃返してほしいわ、と思いながら、数千円にかえて、父の為にも増やさねば、と神田のパチンコ屋に行って勝負した。
結果は負けて0になった。父の宝は、0になった。