私は夫とふたり暮らしで、私はお酒が好きで夫は下戸で、食の好みも違い、年が十違うので聴いてきた音楽も違うのだけれど、住むところに関してだけは奇妙に好みが一致している。だから移住も、長野にあらたに家を建てることも、すんなり決まった。

もともとは、別荘として買った家をリフォームして定住するつもりでいた。しかしそうなると、小説家と古本屋の夫婦である私たちの蔵書はとうてい家に収まりきらない。サマーハウスとして建てられた家に通年住むためには断熱設備の問題もあって、半端にお金をかけるなら、いっそ新しい家を探したほうがいいのではないか、ということになったのだった。

別荘を入手した当初に洗面室やキッチンをリフォームしたとき、Aさんというインテリアプランナーと知り合った。

別荘の管理事務所でもらった、近隣のリフォーム業者一覧を見て、なんの前情報もなくたまたま最初に電話してみた人なのだが、妙に気が合い、リフォームを依頼したのをきっかけに仲良くなった。彼女との出会いも、私たちの長野移住にとって運命的なものだったと思う。

Aさんのパートナーが「基礎屋」と呼ばれる、宅地造成や基礎工事の専門家だった。Aさんと彼、私と夫の4人で食事する機会などが度々あって、あるときふたりが、「いつかふたりで、荒野さんたちの家を建てたいと思っている」と言ってくれた。

その時点で、私たちは60歳と70歳の夫婦だった。いやいや、年齢的にあと何年生きるかわからないのに新築なんて……と最初は笑っていたのだが、だんだんその気になっていった。あと何年生きるかわからないからこそ、そのかぎられた時間を妥協のない場所で過ごしたいと思うようになった。

それで、土地探しからはじめた。これも本当に偶然の、運命みたいなものがあって、今の家以上のロケーションの土地を見つけてしまった。

Aさんの設計で、もうすぐ工事がはじまることになっている。その土地は、今の家から歩いて行ける距離にあるので、散歩がてら意味もなく見に行ってしまう。切り株の上に座って眼下に流れる小川を眺めながら、来年の今頃にはここに住んでいるんだねと夫と話しながら、やっぱり、自分がそこにいることの不思議を考えている。