演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続けるスターたち。その人生に訪れた「3つの転機」とは――。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が訊く。第6回は俳優の伊東四朗さん。伊東さんの喜劇役者への第一歩は、中学生の頃に出た『猿蟹合戦』の劇で、笑いを取る快感を知ったことだそうで――。(撮影:岡本隆史)
全国のPTAから総スカン
伊東さん30代後半のころ、ベンジャミン伊東というキャラクターが演じる「電線音頭」が一大ブームを巻き起こした。『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』というバラエティ番組で、伊東さんが画家のサルバドール・ダリのような口髭をつけて「電線に、スズメが三羽……」と踊る姿が今も鮮やかに目にある。
――いやぁ、あれはサーカスの団長のイメージなんです。怖い顔してても笑える人物、ということで思いついて。このコーナーをテレビ局から丸投げされたんで、ベンジャミンという名前もうちにあった観葉植物から取ったし、振付けもほとんど私です。
ああいう馬鹿らしいイメージが定着してるというのも、私の中ではそういう歴史があったんだなあ、と今思いますね。あの番組は全国のPTAから総スカンを食らいましたからね。絶対見るな、という。
ちょうどそのころ、テレビマンユニオンのプロデューサー、今野勉さんに呼ばれて、「実は今度西ドイツとの提携で、日本最初の第九交響曲という、俘虜収容所を舞台にしたドラマでね」っていう話になりました。それで、「あの、お話の途中ですけど、実は私、今、『電線音頭』で世間を騒がしているんで」と言いかけたら、「それがどうかしましたか? 話を続けます」って。こんなに嬉しかった言葉はないですね。
私は収容所前の交番に勤務するお巡りさんの役で、この人の日誌に基づいてドラマが展開していく、というものでしたけど、今野さんがベンジャミンとは別人格として私を扱ってくれたのがとても嬉しかったですね。