撮影:小林ばく
日々研鑽を続けるトップ・アスリートたち。彼ら、彼女らの夢を支えるヒト・モノ・コトとは。今回は、2017年9月に、日本初の100m9秒台を記録した桐生祥秀さんです。

その10秒の長かったこと……

桐生祥秀選手の快進撃が止まらない。今年に入り、4月のアジア選手権で日本人初の金メダルを獲得、5月中旬に行われたセイコーゴールデングランプリでは、陸上短距離界の雄ジャスティン・ガトリンにその差0秒01と迫り、2位。同大会でアンカーを務めた400mリレーは、米国に大差をつけて優勝した。

日本の韋駄天として、2020年に向けさらに天高く飛翔しているように見えるが、当の本人はしっかり地面に足をつけ、自然体を貫き通す。


自分の人生のターニングポイントを3つ挙げるとしたら、高校3年の時に10秒01を記録した織田記念大会、9秒98を記録した大学4年の日本インカレ(日本学生陸上競技対校選手権大会)、そしてリレーで銀メダルを獲得したリオデジャネイロ五輪ですかね。この3つが僕の環境をがらりと変え、成長のためのエンジンになったことは間違いありません。

9秒98を記録した時のことはあまりよく覚えていない(笑)。狙って出したタイムじゃなかったんで……。

直前の世界選手権でハムストリング(太もも裏)に不安を感じ、瞬発力を鍛える練習はほとんどしていませんでした。だからインカレでは、100mではなく200mで勝負しようと考えていたくらいです。でも、大学生最後の大会ですし、100mに背を向けるのも嫌だと思い、足が持つかどうかわからなかったけど、レース直前に出場を決めました。

同走に成長著しい多田修平選手がいたんです。スタートライン近辺には彼の大学の応援団が陣取っていて、大きな声援を送っていた。「お前は勝てるぞ」って。その光景を見た途端、一気にスイッチが入りましたねえ(笑)。「絶対に負けられない」と。

ゴールした時は9秒99と計時されていました。ついに10秒を切ったと思ったけど、98年のアジア大会で伊東浩司さんが10秒00を記録した時、計時は9秒99と出されたのに、後に10秒00と修正されたので、僕もその二の舞になるかもしれない。必死で祈っていました。

普通は計時から正式タイムが表示されるまで1秒ぐらいなのですが、その時は10秒近くかかった。その10秒の長かったこと……。僕はどんな大きな大会でもそれほど緊張しないタイプだけど、あの時ばかりは心臓が張り裂けそうでしたね。(笑)

正式タイムが計時されると、なんと9秒98。思わずガッツポーズが出ました。日本人で初めて9秒台に突入するのは自分だ、と信じていたんです。一部では、日本人が10秒を切るのは無理とも言われましたけど、歴史の扉をこじ開けるのは僕だと。自分を裏切らずに良かった……。何より嬉しかったのは、僕をサポートしてくれている人たちが泣いて喜んだこと。そんな姿を見た時は、グッとくるものがありました。