わたしたち人間の世界をあの大きな目で見つめている

今、当時のポジフィルムをスキャンして手元で見られるのは、この時のアカネズミキツネザルだけだ。相変わらず、かわいいし、独特のアンバランスさは、へんてこで愛おしい。

【写真】幹に塗ったバナナを舐めるアカネズミキツネザル(写真:著者)

 

それでも、より深く記憶に刻み込まれているのは、バオバブの森で「多くの目」に見つめられ、そわそわしたあの夜のことだ。

そして、その感じ方は、実をいえば、別の意味で現実に即していたのではないかと、最近の研究を見ていて思う。

ぼくがマダガスカルを訪ねて以降、ネズミキツネザルの分子系統学的な研究が進んで、21世紀になってから、これまで気づかれずにいた12種が新たに見つかった。遺伝的な違いがあることがわかったことをきっかけに、軽微な形態の違い、さらに繁殖期の違いなどが明らかになって、同じ場所に似た姿でいるのに交雑することがない別種(いわゆる隠蔽種)だったというものもいる。

つまり、ネズミキツネザルは思ったよりも種類が多かった。これからもまた別種が見つかる可能性も高い。

謎が多いネズミキツネザルの多くは、まだ見通しのきかない夜闇の向こうにいて、そこからわたしたち人間の世界をあの大きな目で見つめている。そう考えただけで、ぼくはそわそわしてしまうのである。

※本稿は、『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。


カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅
2022年8月9日発売

可愛い小動物ハニーポッサムは、巨大な睾丸の持ち主。水棲哺乳類アマゾンマナティが森の中を「飛ぶ」って? ペンギンなのに、森の中で巣作りをする「妖精」。まるでネズミ! 手のひらサイズの巨大な虫。かわいかったり、美しかったり、ひねくれていたり、奇妙だったり、数奇な運命に弄ばれたり、とにかく常識を軽く超えてくる生き物たちの「へんてこ」ぶりを活写。30年以上にわたり研究者やナチュラリストと共に活動してきた著者が、新しい科学的なトピックをまじえて約50種の生態を楽しく紹介する。200枚超のオリジナル写真を掲載。生き物とヒトとのかかわりの歴史を垣間見る意味で、古い博物画も収載した。かくも多様な生き物たちが存在することに、「あっ」とセンス・オブ・ワンダーを感じずにいられない一冊。