白ワインと赤ワインの意地悪な実験

こうした色の影響は、専門知識がある人でも避けられないようだ。ここで、ワインの色に関する意地悪な実験を紹介しよう(Morrot et al. [2001]、以下の要約はグッド[2018]pp.14-16、シェファード[2014]pp.197-199、ハーツ[2018]p.140に基づく)。

その実験にはボルドー大学醸造科の学生54人が集められた。ソムリエほどではないにしても、それなりに専門知識をもっている人たちだ。参加者には赤ワインと白ワインが配られ、それを飲んで評価してもらった。もちろん、二つのワインは違ったように評価された。

参加者は数日後にも集められ、まったく同じ赤ワインと白ワインを飲んだ。ただし今度は白ワインが味に影響のない着色料で赤くされていた。すると、本物の赤ワインと着色された白ワインの味や香りが同じ言葉で表現されたそうである。

数日前に着色されていない白ワインを飲んだときにはその味や香りが「蜂蜜」「メロン」「バター」といった白ワインの表現としてよくある言葉を使って表されたが、赤く着色した白ワインの味や香りは「タバコ」「チョコレート」「チェリー」といった赤ワインによく使われる言葉で表現されたというのである。

以上のように、食べ物の色や形、つまり見た目も味に影響する。食べ物がどのように見えるかで、どのような味に感じられるかが変化してしまうのだ。そうすると、見た目という視覚情報も文字通りの意味で味の一部となっていると言えるだろう。だからこそ食品メーカーは昔から食べ物の見た目にこだわっているのだ(食べ物の色の重要性をめぐる歴史的事情については久野[2021]を参照)。

「舌だけで感じられる〈純粋な味〉はない」へつづく

※参考文献

スペンス、チャールズ[2018]『「おいしさ」の錯覚――最新科学でわかった、美味の真実』、長谷川圭訳、KADOKAWA。

ハーツ、レイチェル[2018]『あなたはなぜ「カリカリベーコンのにおい」に魅かれるのか――においと味覚の科学で解決する日常の食事から摂食障害まで』、川添節子訳、原書房。

増田知尋[2011]「視覚による食の認知」、日下部裕子・和田有史編『味わいの認知科学――舌の先から脳の向こうまで』、勁草書房、第6章、pp.117-135。

Morrot, G. et al. [2001] “The color of odors”, Brain and Language 79 (2): 309-320.

グッド、ジェイミー[2018]『ワインの味の科学』、伊藤伸子訳、エクスナレッジ。

シェファード、ゴードン・M[2014]『美味しさの脳科学――においが味わいを決めている』、小松淳子訳、インターシフト。

久野愛[2021]『視覚化する味覚――食を彩る資本主義』、岩波新書。

※本稿は、『「美味しい」とは何か――食からひもとく美学入門』(中公新書)の一部を再編集したものです。


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