今注目の書籍を評者が紹介。今回取り上げるのは『ダンシング玉入れ』(中山可穂著/河出書房新社)。評者は書評家の東えりかさんです。

殺し屋のターゲットは宝塚のトップスター!

特定のアイドルや俳優、漫画の登場人物などを応援することを「推し」、そのジャンルから抜け出せなくなることを「沼にハマる」と最近は言うらしい。古くは歌舞伎の「贔屓筋」や相撲の「タニマチ」など芸能やスポーツに熱狂する人は多い。

中でも女性だけで組織される「宝塚歌劇団」のファンは日本だけに存在する特殊な世界だという。その月組トップスター三日月傑を殺せという指令が、暗殺組織「沙翁商会」から孤高の殺し屋コリオレイナスに届いた。

彼は金のために人を殺すが、自分の技量と哲学に誇りを持っており、事故死か自然死を装い、ターゲット本人にも自分の存在を気づかせることなくあの世に送る。

この任務を完遂するため、まずは情報収集だ。協力員は沙翁商会に属する宝塚マニアのハーミア。宝塚歌劇団の仕組みからトップスターの生活、ファンクラブの意味などレクチャーを受け、劇場にも足を運び、三日月傑の演技や歌、踊りを観察。どの場面でどうやって殺すかをシミュレーションしていった。

だが徐々に彼はタカラヅカの沼にハマった。殺し屋から彼女を守る側へ、他が差し向けた殺し屋との殺戮合戦を経て、ついにはコリオレイナス自身が命を狙われるようになる。

三日月傑の殺人を依頼したのは誰か、タカラヅカを守る謎の組織とは、そして沙翁商会最後の切り札の暗殺者とは何者か。

切ない恋愛小説を書く作家のイメージが強い中山可穂だが、宝塚ファンとしても知られ宝塚もののシリーズも出している。実は本書は殺し屋を主人公にしたノワール小説『ゼロ・アワー』(徳間文庫)の続編でもある。

タイトルは宝塚歌劇団で10年に一度の大運動会で行われる競技名。どんな競技かは検索してもらうとして、「推し」に出会った喜びに満ち溢れた、ビターなのに甘い小説をご堪能あれ。