花を眺めている時の父は穏やかだ

運転免許証更新連絡書が届いた

父の94歳の誕生日は7月下旬だが、この原稿はその前の様子を思い出しつつ書いている。今年は3年に一度の免許更新の年で、春に事前に案内がきた「認知機能検査」を家族に秘密で予約して、父は受けてしまっていた。点数は良くなかったものの、3時間の高齢者講習終了証明書を取得済みで、後は通常の更新手続きをするだけの状況になっている。

昨年末に父は運転ミスで自宅の車庫を壊し、車も修理できない程の損傷で廃車になった。人身事故でなかったからか、自分はもう運転ができない程衰えているという自覚が父にはない。一方で、事故のショックが引き金になり、認知症が進んでしまった。

運転免許を返納するか、更新を中止するか、決意してくれと何度も頼むのに、首を縦に振らない父に嫌気がさした。この頃は、私からは話題にしないことに決め、二人で庭の花を見たり近所を散歩したりして、気を紛らわせている。紫陽花の前に佇み、「きれいだな」と微笑みを浮かべる父は、昔と変わらず優しく穏やかだ。

平穏を打ち破る「運転免許証更新連絡書」が届いたのは、誕生日の1ヵ月前の6月下旬のことだった。郵便受けに入っていたハガキを、父に渡すべきかどうか迷ったが、ほかの郵便物とまとめて渡した。父はハガキを開いて、私に言った。

「更新会場まで乗せて行ってくれないか」

私は角が立たないように、微笑みを浮かべて返す。

「私は乗せて行かないよ」

すると、父はあ然とした顔で私を見た。

「どうしてだ?」
「私は、パパが免許を更新するのに反対だから」

こういうやり取りになると父の頭にスイッチが入る。朝の薬を飲んだかどうかの記憶がない人とは思えない反応の速さだ。

「認知機能検査も講習も受けた。免許証を持っていたいんだ。免許更新は、俺の権利だ。お前は間違っている!」

オーマイ・ダッド! 

「あのね、パパ。免許を持っていれば、車を買うことも、借りることもできてしまうでしょ。外に出ていると、パパはしっかりして見えるから、乗る機会を与えられるかもしれない。娘としては、それを防ぐために、パパに免許を持たせないことが重要なの」

父は怒って顔が赤くなっている。私は冗談っぽくこの話題を終わらせたくて、わざと英語で言ってみた。

「Do you understand ?」
「No, I don’t understand」

父は私から顔が見えないように新聞を広げたので、その表情はわからなかった。