頼もしい父の友達
父が一番楽しみにしている行事は、毎月最終週に行われる会社のOBランチ会だ。私は店の前まで車で送り、「楽しんでね」と言って別れる。帰りはバスかタクシーに乗り、自力で帰ってくることがまだできている。
OBの中で、父の年齢に近い方はみんな亡くなってしまったから、後輩にあたる89歳と80歳のOBの二人がご一緒してくれている。「免許更新はやめたほうがいいですよ」と父に言ってもらいたくて、私は会の前日に80歳の方に電話して事情を話した。
私の言うことには反発しても、会社の後輩が進言してくれたら、素直に受け入れるのではないかと考えてのことだ。効果てき面で、父はランチ会の後、免許更新の話題に触れなくなった。
テレビで高齢者が交通事故を起こしたニュースを見て、父はつぶやいた。
「毎月会っているOBが、免許を返納したと言っていたな。あいつも80歳だから仕方ないか」
夕食を共にしていた義妹と二人で、代わる代わる父に言った。
「それならパパもやめなきゃ。14歳も年上なのだから」
「事故を起こしたら人に迷惑をかけるし……やめるかな」
嫌々ではあったかもしれないが、やっと私の願っていた言葉が父の口から出た。トイレに行くために椅子から立ち上がった父の後ろ姿を見ながら、私と義妹は無言でガッツポーズを作り、喜びを分かち合った。
半月後には、免許更新より大切なことが父には控えている。
父の一人息子である私の弟には娘が二人いて、最近ともに結婚したのだが、コロナ禍で挙式は行っていない。しかし、下の子のほうが、親族だけで結婚式を挙げることになった。
弟が亡くなってから、大切に見守ってきた孫の結婚式が執り行われるのだ。義妹は父に張り合いを持たせるように話しかけてくれた。
「お義父さん、父親の代わりに娘と腕を組んで、バージンロードを歩いてくださいね。格好よくお願いしますよ」
急に父の目が輝き、希望を取り戻した表情に変わった。
「久美子、俺のモーニングを出してくれ」
(つづく)
◆本連載は、2024年2月21日に電子書籍・アマゾンPODで刊行されました